大学生になって、何かやったことのない事をしたいという動機や誰かを助けたいという想いが

ボランティアという行動に走っていると理由だと思いますが

ボランティアって偽善なの?という質問に回答していこうかと思います。

 

結論;何も持ってない人が行うのは偽善である

恵まれている人が何かを誰かに提供する事は、ありだと思います。

満たされているからこそ、他人に分け与えるという感覚ですね。

しかし、大学生が恵まれているか、非常に難しいところです。

その恵まれているの基準が’自立’しているか、という事。

自分で学費払ってますか?」

「自分の所得で生活できてますか?」

ベンチャーの立ち上げを行っている人以外、ほぼ皆無と言って良いでしょう。

つまり、ほとんどの大学生はボランティアを行うと偽善になりかねないという事です。

 

以前、私個人ボランティア活動を行っていました。

実はボランティアをしている大学生なんて偽善だ!と言っている私ですが

昔、2年間ほどボランティア活動をしておりました。

「ではなんでこんな考え方になったの?」

と気になる方がいると思いますが、私はボランティア活動で海外の貧困を直接見たことがあります。

その時に、物乞いにあって

「あなたの靴がほしい。じゃないと生きていけないの」

こういわれた時に、すんなり靴を渡せられれば良かったのですが、実際私は困り果てて靴を渡せませんでした。

ランティア活動で海外に行って貧困を助けたいと思っているのに、

靴をプレゼントしないという矛盾した行動をとった事があります。

この時、自分がいかに偽善であるのか気づいた為、今後ボランティア活動をしようと思わなくなりました。

 

結局、恵まれていない状況では他人に何かしてあげる事は自分の保身に走るので、なかなか難しいです。

だから、大学でボランティア活動を行う事は偽善になりかねないのです。

 

まずは自分を自立させる事。その後にボランティアはしても良い

ボランティア活動を行うには、まずは自分の生活を自分で面倒見れるようになる事だと思います。

自分の手で、飯を食えるようになり、そして余分にお金を稼げるようになった暁に

他人に施しをしていきましょう。

 

ただし、できる範囲で他人には優しくすることも忘れてはいけません。

たしかにお金を払うことは難しいかもしれませんが、他人に対する配慮を忘れては

自分の心を健康に保つ事が難しくなります。

私たちが自立するためにも、他人の存在は欠かせないので、他人の事は大切にしていきましょう。

他人に優しくする事で心がきれいなまま生きる事ができると個人的に思っています。